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JAZZ ART SENGAWA 2016「LAND FES vol.8 せんがわ」12:00-の感想

9月17日、JAZZ ART SENGAWA 2016の「LAND FES vol.8 せんがわ」、12:00の回を観に行ってきました。

「LAND FES vol.8 せんがわ」は、仙川の街のなかにアーティストたちが繰り出して、音楽とダンスのパフォーマンスを繰り広げるアートイベントです。

 

集合場所の受付で開始を待っていると、演奏家庄田次郎さんが道の向こう側から太鼓をたたきながらやってきました。日に焼けた素肌の下で筋肉がぼこぼこした上半身を丸出しにして。その演奏に見とれてというかあっけにとられていると、その後ろから赤いワンピースに身を包んだダンサーのハラサオリさんがやはり踊りながら現れました。

それはアートイベントの始まりを告げるものでしたが、何の説明もないままに、ただ目の前に踊る人と奏でる人が現れて、自分の体が軽いパニックにあるのを感じました。この不思議な空間の中に自分の体がある。気づいたらその空間に自分の体が包まれてしまっていて、振る舞いのコードが分からなくなって、ただ肌のセンサーを敏感にすることしかできないような感覚に包まれました。そのうち、スタッフの掛け声とともに、二人と、参加者(鑑賞者)たちは道を向こうの方へ歩き始めました。一つ目の会場へ進んでいくようです

会場までの移動の間も、演奏とダンスは止まりません。ただハラサオリさんは、踊っていたというよりも、おとぎ話の中に生きる少女のように、彼女にしか見えない物語の戸の上を歩き回っているようでした。ふと立ち止まったかと思うと、郵便局の前の赤いポストの横に頬杖を突きながら座りこみ、じーっとしていた横を通り過ぎたと思ったら目の前の路上の中空に浮かぶようにしてまた座っている。かと思ったら動き出して電話ボックスの中に入って公衆電話を手のひらで叩いている。でも出るときにはちゃんと受話器を元に戻してた。その間庄田次郎さんは、待ちゆく人を盛り上げたりベビーカーを降りた女の子に怖がられたりしていました。

駅前の会場スペースに着くと、障子をついたてにした和風の舞台空間が拵えてあって、よく見るとひとりの男が狐の仮面をかぶって座っていました。彼の名は京極明彦さんです。そこで庄田次郎さんと京極明彦さんによる最初のペアパフォーマンスが始まりました。

このように、アーティストに先導されて会場間を移動し、到着したら別のアーティストが待ち構えていてパフォーマンスが始まるというのが、このLAND FESの演出でありストーリーです。この最初の演目が終わった後は、リュックサックを背負って小さな赤い傘を差したキツネお面の京極明彦さんが先導する形となって場所を移し、途中歩道橋の上で尺八を演奏していたブルース・ヒューバナーさんとその隣であやしく踊る細川麻実子さんと合流して、そのまま住宅街の地下にあるうす暗いスタジオの中へ入って歩道橋の二人の演目が始まりました。演目も佳境に来た時に、ふと細川麻実子さんが外へとするりと抜け出して、硝子戸の向こうからこちらを眺めたかともうと階段を上がっていってしまったら、それが次の会場への移動の合図となって僕たちはまた腰を上げて街を歩き始めます。そして最後には消防署の二階にある小さな集会場の中に入って、アンプをつないだチェロに右手で小豆投げつける坂本弘道さんとその横の台所で何をしているのか分からないがたまに水の流れる音が聞こえてくると思ったら不意にバケツ一杯の水をもって畳の部屋に歩き出しておもむろに参加者の間を縫うように歩き出して皆のあいだに一層の緊張感を帯びさせながら戸外の階段へ続く扉を開けてみたもののバケツの水を撒くことはせずにまた部屋の中へ戻って結局入り口近くの床の上にバケツを置いて手や腕を洗うようにバケツの水をすくい取っては塗り付けるようにしながら部屋の中央にぶしつけに置いてあった黒板にその濡れた手を押し付けたところから演目をスタートさせたハラサオリさんのいる会場へと参加者たちはその身を運んだのでした。

(この時僕は本気で自分の頭にハラサオリさんがバケツの水をぶっかけてくるのではないとハラハラしていた。)

 

アートとかダンスとか、これまで全然見たこともなかったのですが、今回のイベントはとにかく楽しくて幸せで最高でした。街の中にアートを持ち込むひりひりした緊張感。アーティストたちが見せる、身体と感覚に導かれた即興的な表現。その個性と共鳴とせめぎ合い。水が高きところから低きところに流れるように、人の身体もある緊張と集中がバランスを取りながら、なめらかな均衡と繊細なゆれに従って動いていくという、ある種の心地よさを感じさせる現実感。またそこにある心と意識。何よりパフォーマーの皆さんが、それぞれの空間のまた身体の緊張から抜け出すことなく、ずっとその中におられたために、僕たちはそこに自由のようなものを感じることができたのかもしれない。

ただただ見ているだけで幸せで、世界にはこんなにも幸せなものがあったのかと、ずっと僕が見たかったものがここにあったと、そう思わずにはいられない時間でした。みなさん本当にありがとう。

 

たぶんつづく。