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書くことからはじめてみよう。

言葉にすることで、何かが変わるかもしれない。

和邇合宿③-からだとことばのレッスン「鹿踊りのはじまり」

第二日目

 

二日目の朝はからだほぐしから始まりました。二人一組になって、丁寧に、入念に、お互いのからだをほぐし合いました。僕のペアは大阪で定例会に参加しているというMさんでした。

からだをほぐされる気持ちよさとは別に、誰かのからだをほぐす気持ちよさというものがあります。人の肌に触れ、その温かさと重さとを感じながら、足をゆすったり腕を回したりしていると、その人の体の個性のようなものが感じられてきます。人の体は本当に様々だと、毎回のレッスンでつくづく思います。

時間をかけてMさんのからだを動かしていくと、そのからだからどんどん力が抜けていって、呼吸が深くなり、節々は柔らかくなり、輪郭がふんわりはっきりとしてきました。ほぐされている時のそのからだのいとおしさには、何とも言えないものがあります。そのからだに触れている時間は、幸せなものです。目の前のからだから愛らしさを受け取りながら、幸せ気分に浸りながら、からだをほぐし合いました。

 

少しの休憩をとってから、いよいよ、朗読劇がはじまりました。僕はナレーターをすることになりました(自分で手を挙げた)。ほかの参加者は主人公の嘉十や鹿になって動き回りました。腰を痛めていた参加者が一人、床の上に横になって手ぬぐい役になりましたが、かえってそれが効果的で、本人もとても楽しんでいました。

賢治の童話には、方言や、旧仮名遣いがたくさん出てくるため、鹿たちは思いのほか苦戦しているようでした。けれども、僕たちがつまづいているのは、そういった言葉に慣れていないことというよりも、一つ一つの言葉とからだがかみ合っていないことのようでした。文字を読むということと、言葉を口に出すということとは、全くの別物であるようです。賢治の物語に出てくるセリフには、そのどれにも、手ぬぐいにおびえる鹿や、手ぬぐいに鼻先をつけたことに興奮する鹿や、舌が縮こまってしまった鹿がいるのでした。たとえ見知らぬ言葉であっても、ひとつひとつの言葉や音を十分に声に出して読んでみると、その声やからだは実感を帯び始めてきます。鹿の姿が徐々に形をあらわしてくるのです。鹿役の人たちが、思い切って言葉に身を預けるようにして読むことができたときには、確かにそこには、びくびくしたり、安心したり、びっくりして棹立ちになった鹿がいるように思えるのでした。

 

はじめ、ナレーションは二人でやっていたのですが、人数も多いことだし、ナレーターをもう一組作ろうということになりました。別の二人がナレーターになり、今度は僕は鹿になって、物語の続きをやりました。さっきの手ぬぐいはナレーターになりました。ナレーターになれーたー。わたくしはこのことばを、すきとほつた夏の風から聞いたのです。嘘です。

鹿になった僕は、「よし、もうあの団子を食うだけだぜ」といったセリフを、なぜか張り切って自ら進んで堂々と言いました。すぐさま瀬戸嶋さんに止められました。「どれくらい食べたいの?」たいていこういう質問をされたとき、レッスンの参加者たちは何も答えられません。ただただ首を傾げたり、苦笑いしてみたりするばかりです。

このときの僕は、思い切ってセリフを言ってみたはいいものの、その場に棒立ちになって、遠くにある団子を指さしているばかりだったのでした。二回くらい「もう一回」と言われた後、ようやくことの意味が分かって、僕はセリフを言いながら団子の方へ走り出しました。なるほどよっぽどこっちの方が、団子を食べたいという気持ちが伝わってきます。

けれどもきっと大切なのは、このときの僕がべつに「あの団子の方へ走っていこう」なんて思わなかったことだと思います。あのとき瀬戸嶋さんに止められて、「本当に食べたいの?」と言われたとき、ああ、自分は、このセリフを格好良く読み上げることしか考えていなかったと気づきました。団子のことなど眼中になく、やっとナレーションから解放されて(楽しかったけどからだを動かしたかった)、いよいよ俺の実力が発揮される時が来た!みたいな、へんな意気込みとやる気があって、それを発散することしか頭にないようだったのでした。合宿の前に何回か、賢治の童話の朗読のレッスンに参加していたから、調子に乗っていたのです(嘘です、って言いたい)。

ふと我に返った僕は、そうそう、団子を食べようぜってセリフを言うんだぜって、自分に一度言い聞かせて、「団子をたべようぜ」ってただはっきり言おうって思って、そのセリフに飛び込んでみました。すると、自然と体は団子の方へ走り出していたのでした。そのとき僕は、団子に走り出した自分に周りの鹿がついてきてくれるだろうかとか、このテンションをみんなはどう受け止めるんだろうかとか、そういうことを気にせずに走り出していました。正確に言うと、そんなことを気がかりに思う自分がいる一方で、それとはまた別の自分が、団子の方へもう走り出してしまっていて、「(ああ、俺は鹿になっているなあ)」と思っていたという感じでした。

そんな出来事が、僕以外の何人かにもあったようでした。瀬戸嶋さんの実演にひっぱられたり支えられたりしながら、僕たちは何枚ものベールを脱ぎすてていったようでした。次第に場の空気もほぐれて温かくなって、みんな、思い思いの鹿になって、走りながら廻りながら踊りながら、たびたび風のように踊りまわって遊んでいました。

ひとしきり遊びましたので、少しお茶を入れて、それからいよいよ、最終日の本番に向けてチーム分けをしました。

ナレーターを除いた12人が2つのグループに分かれました。瀬戸島さんの指示のもと、無造作にその場を歩き回りながら、まず2人組をつくって、その次に2人組同士でくっついて4人組をつくって、それからいろいろあったあと、6人組のグループがふたつできあがりました。奇遇なことに登場する鹿の数(六匹)ちょうど同じなのでした。

さて、お昼のカレーを食べてから、グループ毎でのけいこが始まります。

 

つづく