書くことからはじめてみよう。

言葉にすることで、何かが変わるかもしれない。

和邇合宿②-からだとことばのレッスン「鹿踊りのはじまり」

第一日目(2)

 

夕食はすき焼き鍋でした。数年ぶりだと言って喜ぶ人もいました(僕もそうでした)。

 

夕食後に、今回のレッスンで扱う童話作品が発表されました。それは、宮沢賢治の「鹿踊りのはじまり(ししおどりのはじまり)」でした。太陽に照らされたすすきのなかに、青いはんの木がそびえたつ、秋の野原が物語の舞台です。主人公の嘉十が食べのこした栃の団子と、置き忘れた手ぬぐいを巡って、六匹の鹿たちがどんちゃんさわぎを繰り広げる、愉快で幻想的な物語です。

さっそく朗読が始まりました。まずは、お昼の時間とは別の人とペアになって、そのペア同士でお互いに読み聞かせをしました。僕のペアは、Hさんという、晴れやかで美しいお方でした。

冒頭を少し読み進めたところで、瀬戸嶋さんがにわかに声をかけて、みなはまた輪を作って集まりました。それから、一組ずつ順番に、みなが座っている前で読み聞かせをしました。

ある参加者は、吃音をお持ちで、言葉が途切れ途切れになるのでした。瀬戸嶋さんはその参加者の前に座り、「俺の体を蹴り飛ばしながら言ってみろ!」と言って、その参加者の足を自分の左肩に押し当てさせました。彼は台本を片手に持ちながら、瀬戸嶋さんの体を押し出そうと力をいっぱいに込めました。しかし、瀬戸嶋さんの体はなかなか動かず、声もはっきりと出てきません。何度も何度も蹴り出そうとしては跳ね返され、ついには左足をつりさえしました。

しかし、彼が力強く瀬戸嶋さんの体を押し出した時には、彼の体からはとてもとても響く声が出てくるのでした。そのあと今度は、つってしまた足の代わりに、両腕で瀬戸嶋さんの体を押しながら声を出しました。瀬戸嶋さんの体を揺さぶりながら、一音一音勢いよく声を出しているうちに、瀬戸嶋さんの体がなくても声がぐぐっと出てくるようになり、そしてしまいには、さっきまで途切れ途切れになっていたセリフを、普通の人でも簡単には出せないような勢いで読むことができたのでした。

次いで僕の番になり、僕はあの晴れやかで美しい方へと語りかけました。ちょうどさっきの力強い光景を見ていたものだから、その力が僕にも移って来たのか、さっきまでとは全然違った、力強く柔らかい声が出ているという感触がありました。その証拠かどうかは分かりませんが、僕の朗読を聞いているお方の瞳は、初対面とは思えないほどきらきらと輝いていました。その輝きにこちらさえ癒されながら、僕は気持ちよくセリフを読み上げ、すがすがしい気持ちで感想を述べました。ですから、僕のペアのお方の口から、「人に見られているからか、さっきよりちょっと固かった」との感想が出てきた時には、ほなさっきのあの瞳の輝きはなんやったんやと思いました。

そんなことがありつつも、みなの輪がほどけて、また二人で読み聞かせ合った時には、お互い朗読に夢中になって、ただただ楽しみながら物語を読み聞かせ合いました。読み進めていると、紙面の文字を目で追っていただけではわからなった物語の面白さが見えてくるようで、笑いをこらえられずに吹き出しながら、最後まで読み切ったのでした。どのペアも、いささか興奮しながら、顔をほてらせながら、朗読に夢中になっていたようでした。

それから、この日の終わりに、朗読とは別のペアでからだほぐしをしました。一方が畳の上に横になり、もう一方がその体を転がしたり回したりしながらほぐしました。足をころころ、腕をぶらぶら、僕は心地よくなって、このまま動かず眠っていたいと思いました。体の中から、何かいらないものが取れていったようで、濁りが消え、くすみが晴れて、疲れの殻から脱皮したような心持になりました。

それで、一日目のレッスンは終わり、お風呂で汗を流した後、懇親会をやりました。気づけばもう11時をとっくに過ぎていました。僕たちは思い思いに宴会を切り上げ、明日のレッスンに向けて眠りについたのでした。

 

つづく。