書くことからはじめてみよう。

言葉にすることで、何かが変わるかもしれない。

たぬきがいた

マンションの隣にある一軒家の玄関の前に、たぬきがいた。

街灯もほとんどない、線路にほど近いところにある民家のガレージには、小ぶりな黒い軽自動車と、行儀良く座った白い犬の置物がある。動くはずのないその犬は、夜の道を通って帰るとき、いつも動いているように見えた。今日も同じように動いて見えたと思ったら、そこには本当に動くものがいた。

細丸い小さな塊がころころと動いたと思うと、それから二つ三つ、同じような塊が現れて、無造作にあたりを動き回った。猫じゃない、と思って見ると、そのじゃれあいの中心で、静かに座ってこっちを眺めるものがいた。薄暗がりの中で、それはたぬきだとはっきり分かった。

森なんて近くにない。ちょっと多めの植木鉢や、無造作に茂った線路沿いの雑草があるばかりのこの場所に、まさかたぬきがいるなんて。夜、人のほとんど現れない時間帯に、どこからか遊びにやってきたのだろうか。

こちらをじっと見つめるそのたぬきは、一目見て親だぬきだとわかった。子供たちは無邪気に遊んでいるけれど、親はさすがに警戒している。こちらの動きをうかがって、身動き一つしない。時々、目線を横にやって、子供たちの様子を見てみるけれど、足元は動かさないまま、またこちらへ目線を戻す。怒るでもなく、おびえるでもなく、ただただ静かにこちらを眺めるその姿には、守るものは守らねばならないという、しんとした緊張感があった。

それでいて、親だぬきは、僕と向かい合うこの状況から逃げ出そうともしなかった。彼にとって僕が何であるか、それは全くの白紙であるように思えた。僕が彼の味方だという願望など、彼は一切持っていなかっただろうが、何をもたらす存在であるかが分からない以上、そこには何かしらの期待が含まれているように思えた。僕の出方次第で、僕は敵にも味方にもなれた。そのどちらでもないままでいることもできた。その間もずっと子供たちは、近くの置物や、植木鉢に生える小木、壁沿いのでこぼこたちと遊んでいた。

静かに座る親だぬきの方へ一歩踏み出してみると、彼はからだを少し震わせるようにして、ほんの少し姿勢を横へずらした。足元は動かないままだった。しばらくして、彼は子供を連れて、すぐ隣に停まっていた車の下へと動いていった。その場でしゃがみ込んで見てみても、車の下に彼の姿は見えなかった。体を起こして、今度はさっき彼がいたのとは反対側の、車の左側の方を見てみた。マンションの駐輪場を照らす街灯の光が車にさえぎられて、より薄暗くなったその場所に、彼は座ってこちらを眺めていた。今度は彼の表情は見えなかった。それでも彼は、僕が何者かを分かりかねたまま、ただじっと、こちらを見ているようだった。子供たちは相変わらず遊んでいる。僕は彼と向かい合い続けた。すぐ後ろを快速電車が通っても、その轟音にびくともせず、ただ同じ表情で、彼はこちらを静かに見ているばかりだった。

 

おわり