書くことからはじめてみよう。

言葉にすることで、何かが変わるかもしれない。

和邇合宿④-からだとことばのレッスン「鹿踊りのはじまり」

第二日目(2)

 

お昼を食べたらいよいよグループ毎のレッスンが始まりました。

物語の冒頭では、主人公の嘉十が農作業したり栗の木から落ちたり団子を食べたりするのを何度もけいこしました。鹿たちが登場してからは、得体のしれない手ぬぐいにおののき飛び跳ねる鹿たちを何度もけいこしました。たまに、瀬戸嶋さんの指導に熱が入って、一人の鹿が何度も何度も同じ場面をやり直したりしました。

同じセリフや歌を何度も口にしていると、ふいに、そのセリフや歌の意味が分かることがあります。最初は見たことも聞いたこともなかった方言だったものが、意味を帯びていき、そこに風景が見えてきます。言葉が声に出された時、言葉の音の肌触りが体に触れてきて、頭を使うのとは別の仕方で言葉を受け取っているようでした。

6匹の鹿が団子を食べる場面などでは、床の上に置いたおせんべいを、みんなで順番に、手を使わずに食べたりしました。何も知らない人が見たら、さぞかしさぞかしな風景だったことでしょう。最初はみんな、えっ、って空気を出していましたが、そのうち何も気にならなくなっていったようです。

この時くらいから、けいこをしていないグループの参加者たちは、床の上に横になり、時々寝てしまっていました。その自由さもこの合宿の良いところです。けれど、鹿たちの声や動きが勢いに満ち溢れてくると、寝ていた人もむくっと顔を挙げて、けいこの風景に見入っているのでした。

 

実は、僕は、この時のけいこのことを、そんなによく覚えていません。というか、鹿たちがけいこをしていたときの風景が、合宿を通して、あんまり思い浮かんでこないのです。たくさんの名場面があったはずだし、毎回毎回それを楽しんでいたことは覚えているのですが、具体的に思い出せるのはそんなに多くありません。

それはきっと、僕がナレーションの朗読を心から楽しんでいたからだと思います。同じセリフを何回読んでも、新鮮な気持ちで言葉に出会うことができていて、ああこんな展開になるんだ、こんな鹿が出てくるんだと、読むたびに発見しながら楽しんでいました。鹿たちが台本を見ないで、僕たちナレーターの声を頼りに動くときなど、自分の言葉が鹿たちを動かし、物語の世界を形作っていくようで、本当にすがすがしく誇らしい時間を過ごしていました。でも、ときどき、踊り狂う鹿がうらやましかったけどね。

 

夕食の焼き肉にお腹を膨らませた後は、ある参加者の提案で、琵琶湖のほとりに出て声を出すことになりました。みんな琵琶湖に足を投げ入れて、夕日の沈んだ湖面に向かってセリフを思い切り叫びました。声は薄暗闇の波面に向かって、遠く遠く伸びるように消えていきました。台本の文字が読めなくなるまで、僕たちは肩を並べながら、からだを響かせ合いました。

それからまた、けいこ場に戻ってけいこをしました。Uさんは何度も跳ね上がり、Kさんは何度も「長----い」と歌い、僕はジュリエットのようになって愛を叫びました。なぜジュリエットなのかは秘密ですが、とにかくみんな爆笑してました。他の人も愛の言葉を話していたはずですが、なぜか記憶にありません。

そしてYさんの「ホウ、やれ、やれい」で会場のテンションは最高潮に。そのはじけっぷりは見事なものでした。腰の痛みはどこへ行ったんだろう。秋の風にさらわれていったのかもしれません。あるいはやっぱり、鹿になりたかったのかもしれません。僕ももう一つのグループで同じ役をやることになっていたので、そのはじけっぷりには勇気をもらいました。

そうして夜も深まるころ、明日に迫る本番に向けて、各グループで配役を決めることにしました。6人ずつが話し込む間、僕たちナレーター4人は、嘉十の役をやることになっていたので、その練習をする...と見せかけて、みんな実は羨ましがっていた鹿たちのパートをやりました。勝手に遊んだだけなのですが、誰が何の役をとも決めず、ただその場の雰囲気とタイミングだけで、思い思いに鹿になり、飛び跳ね、踊り、歌を歌いました。誰かに見せるのでもなく、指示を受けるのでもないこの時間は、もしかしたら、今回の合宿の中で一番自由な時間だったかもしれません。本当に本当に、楽しい時間でした。自分が歌った鹿の歌は、我ながら、とてもよかったと思います。なんて、4人みんなそれぞれ思っていたんじゃないかなって思います。だって気持ちよかったから!

そうこうするうちに、夜も更けて、二日目のレッスンが終わりました。いよいよ明日は本番です。みな一様に、疲れと不安と興奮とを、その表情に浮かべながら、一日の汗を流し、打ち上げ会場へ足を運びました。この日の宴会では、すい星のごとく現れたひざまくら寝太郎と、DVDの画面に映し出された若かりし頃のさわやか青年な瀬戸嶋さんが話題をさらっていきました。にぎやかな空気とじゃれ合う僕たちの姿は、けいこを通じてそれぞれの体がどんどんほぐされていることを示してもいました。

さあ、明日は本番です。どんな物語が立ち現われるのでしょうか...!

 

つづく